震災から二年

2011年3月11日、忘れることの出来ない日から二年が過ぎました。

幸いにも我が家は、被害が無かったのですが今も大変な生活をされている方がたくさんいることを考えると、これからもずっと忘れることの出来ない日です。

あの日、私は東京ビッグサイトにいました。

ものすごい揺れと、建物がミシミシ言う中で自宅にいた奥さんに電話をかけました。
ひとまず無事を確認して、保育園にいる子供たちのお迎えは、状況が落ち着くまで家にいるように話した記憶があります。

その後、電話は混雑して全く繋がらなかったです。

私は、電車が動かないので、歩いて会社に戻る決意をして、三時間近くかかって戻りました。

途中、コンビニに寄るも飲み物や食べ物は全くなく、異常な状況がすぐにわかりました。

東京の銀座は、家路へと歩く人が多く、激しい余震の中、道路は人でたくさんでした。

ただ、夜のような激しい渋滞や、身動きが取れない状況では無かったと思います。

酷かったのは、帰宅ラッシュになった頃だと思います。
道路は激しい渋滞で、バス停やタクシーは、長蛇長蛇の列。
ひとまず会社に戻って正解でした。

夜中の0時を過ぎた頃、私鉄が動いているような情報を得たので、会社近くの駅に言ったら、長蛇の列でホームにたどり着く事はおろか、改札すらくぐれない状況。

危ないと思って会社に戻りました。

子供たちは、保育園で夕方頃まで預かってもらい、奥さんが迎えに行ってくれました。

保育園では、大ホールに全園児が身を寄せ合って防災ずきんをかぶって、迎えを待っていたようです。

先生たちも自宅や自身の子供の様子が気になったと思いますが、園児たちを見てもらって、ただただ感謝です。

翌朝になって、先に私鉄を利用する社員が出てきたので、駅の状況を教えてもらったら、電車が動いているようなので私も意を決して駅に。

5時間近く超満員の電車に乗って家に帰りました。

家族全員と会えた時は、みんなで飛び跳ねて喜んだと記憶しています。



毎年、やってくる震災の日。

気を緩めず、防災意識を高めていかなくては、いけませんね。


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